マジメなプレイヤーは上達しない
マジメに努力するプレイヤーはうまくならない
共通特性
私どもは、これまで10,000名以上の方に対してラケット・フィッティングを実施してきました。
ラケットドックというこのイベントに参加される方々には、当然、いろいろなタイプのプレイヤーがいますが、その中に、ある共通の特性を持ったプレイヤーがかなりの割合で含まれることに気付きました。
それは、動きがギクシャクしていて、惜しいミスではなく全然入りそうもないようなミスをするという症状があって、しかも、性格的に「キマジメ」という共通の特性を持った人達です。
そこで、こんな不謹慎なタイトルを考えました。
「マジメに努力するプレイヤーはうまくならない」
カチンと来た方はぜひお読みください。そこからの脱出方法も書いてあります。
課題を思い出す
ラケットフィッティングは、一人ひとりのプレイヤーに合うラケットをコート上で試打しながら見つけるサービスですが、その中で、ラケットを持ち替えてプレーが良い感じになりかけたときに、ふと我に返るように元の変な状態に戻ってしまうことがあります。
それは、自分のやるべきことを思い出したからで、何も考えずに打つのをやめて、きちんと意識的に打とうとするため、再び元のギクシャクした動きが復活してしまうわけです。
ラケットフィッティングでは、持ち替えたラケットの特性に身体が自然に反応して、ボールを打つときの動きが無意的に変わるのですが、その変化が途切れてしまうのです。
こちらとしては、「何も考えずに打つ状態をそのままキープしてくれればそこからもっと変わっていくのに…」と思うのですが、こんなふうに無意識の状態でプレーするのを嫌う方は、実際問題として少なくありません。
夢遊病のように!?
「無意識の状態で夢遊病のようにプレーする」のが最高の状態なのにもかかわらず、その状態を自ら避けようとするわけです。
「夢遊病?何だそれは」と思った方は、「集中状態」という言葉に置き換えるとご納得いただけるかもしれません。
ボールに意識が集中しているときは思考が停止するため「知らないうちに身体が動いてしまう状態」になるので、夢遊病という表現がピッタリなのです。
コート上を高速で動き回るボールをきちんと把握し続けるにはボールへの高度な意識集中が不可欠なので、ほんのわずかでもボールから注意が外れれば即座にミスが出るのがテニスというスポーツです。
ですから、「ボールへの高度な意識集中によって思考が停止した状態」がプレー中は必要なのですが、キマジメな方は思考を停止させるのを嫌う傾向があるのです。
そして、その理由は「意識的にちゃんと打ちたい」からです。
マジメなプレイヤーはちゃんと打とうとする
テニスプレイヤーであれば誰でも、自分のミスでポイントを失うのはイヤな上に、特にダブルスではペアにすまないという気持ちにもなります。
なので、誰もがミスしないようにちゃんと打とうとするのですが、きちんとした性格のマジメなプレイヤーほどその思いが強いようです。
でも、ここが落とし穴で、「テニスはちゃんと打とうとすればするほどミスが増えるスポーツ」なのです。
参照⇒ていねいに打とうとするとミスが増える
その仕組みについて説明させていただきます。
マジメなプレイヤーにはやるべき課題がある
ストロークだけを取り上げても、マジメなプレイヤーは以下のような多くの課題を持ちながらプレーしています。
スプリットステップを忘れずにやる
ラケットを早く引く
大きく振り抜く
テイクバックでヘッドを下げる
下から上に振る
身体の前でボールを打つ
身体を早く横に向ける
振り遅れないようにコンパクトに引く
打球にスピンをかける
この他にも数えきれないくらいの「打つときにやらなければならない課題」が世の中には氾濫しています。
実はやってはダメな練習課題 | |
ラケットを 早く引く |
身体を早く 横に向ける |
テイクバック でヘッドを下げる |
テイクバック を小さくする |
どんなボールも スピンをかける |
ボールを 押す/つぶす |
大きく フォロースルー |
そして、結論を先に書いてしまうと、これらの課題に取り組みながらプレーすることが「ヘタになる近道」なのですが、キマジメなプレイヤーほど多くの課題を抱え込んで「がんじがらめの状態」でプレーするのが上達への道だと思っているようです。
ひと目でわかる
ラケット・フィッティングでの私どもの仕事はプレイヤーの動きを見ることなので、課題を抱え込んでプレーしている方はすぐにわかります。
なぜなら、打っているときの姿が奇妙なのと、いつも同じ動きで打とうとするからです。
飛んで来るボールへの入り方が毎回柔軟に変化していれば違和感を感じることはないのですが、何かの課題に取り組んでいる人は、ボールの動きよりも課題のほうが優先するので、やることがいつも同じになってしまい、ボールの動きと身体の動きの同調性が失われてしまいます。
つまり、飛んで来るボールとシンクロしていない動きで打とうとするために奇妙に見えるわけで、それがいつも判で押したように同じようであればなおさらです。
「えっ、課題に取り組むことがなぜいけないの?」と思った方は、この先をお読みください。
ボールの動きとのミスマッチ
基本的に、ミスショットはボールの動きとプレイヤーの動きとのミスマッチによって発生します。
止まっているボールを打つ場合であれば、ミスショットの原因は100%打ち方、つまり、プレイヤーの動きに問題があるわけですが、動いているボールを打つ場合は、プレイヤーの動きがどんなに正しくても、それがちょっとでもボールの動きと合わなければミスになるわけです。
ですから、ミスを防ぐための最優先課題は正しい打ち方をすることよりも、ボールの動きに身体の動きをピッタリ合わせることだと言えます。
動きが悪いのではなく動くタイミングが悪い
インパクトでボールがガット面と接している時間は千分の4秒くらいなのに対して、人が何かの刺激に反応して動き始めるまでにかかる時間は、千分の100秒くらい(生理反応時間と呼ばれています。)です。
そのため、「当たった!」と感じて何かしようとしたときには、すでにボールは飛んで行ってしまっています。
そして、千分の10秒くらいタイミングがズレると、インパクトポイントが10cmくらいズレるので打球は予想外のところに飛びます。
ということで、生理反応時間が千分の100秒くらいの人が千分の10秒のタイミング合わせを打つたびに毎回やるのは人間技とは思えないくらい難しいわけです。
そのため、打つ瞬間にボールのフェルトの毛が見えるくらいにボールの動きに集中しないとミスヒットが防げないのですが、そんな状況にもかかわらず、打つときに頭の中でやるべき課題を思い浮かべたりすれば即アウトです。
先述したように、プレー中、ほんのわずかでもボールから注意が外れれば即座にミスが出るのがテニスというスポーツなので、自分のやるべきことを考えながらプレーするのは、言葉を換えれば「集中しないための努力」であり、ミスするための取り組みと言えるでしょう。
課題に取り組むときは
誤解のないように付け加えますが、動きや打ち方の課題には絶対に取り組んではいけないと言っているわけではありません。
ただ、それをやるには前提となる条件があって、課題が易しく実行できる限定的な環境で、かつ、「身体で覚えるまで数えきれないくらい繰り返す」ことです。
具体的な環境としては、球出しや壁打ちなどですが、それを、考えなくてもできるまで同じことを何度も繰り返さなければテニスのプレーには使えません。
テニスは考えながらボールが打てるほどヒマなスポーツではないので、プレー中に「ああしよう、こうしなければ」などと考えるのは自殺行為と言えます。そのため、実際のプレーでは身体で覚えた運動しか使えないのです。
動きそのものにも問題がある
課題によって集中が失われることで発生するタイミングのズレは、ミスショットの原因のほとんどを占めるくらい頻繁に起こるのですが、実はそれ以外に、動きそのものが正しくないというケースがあります。
タイミング合わせが重要なのは間違いありませんが、動きが正しくない場合もまともには打てません。
そして、そういう状態をもたらすのも「課題への取り組み」なのです。
基本的に、テニスというスポーツの特性を考えれば、課題を持ちながらプレーすること自体、とてもおかしな取り組みだと言えます。
なぜなら、テニスは飛んで来るボールを打ち返すスポーツなので、打つ前のボールの状態は毎回違います。
なので、毎回違う打ち方をしなければならないのですが、ボールが飛んで来る前に打ち方や身体の動かし方の課題を持ってしまうと、個々の状況に合わない動きをすることになるからです。
プレー中は毎回動き変えなければならないのに、そこに「いつもこうしよう」という定番的な課題を持ち込むのはどう考えても変です。
飛んで来るボールの状態に合わせて「毎回違う課題を設定」すれば良いのかもしれませんが、現実問題として、「このボールはどうやって打とうか」などと考えている間にボールは通り過ぎてしまうでしょう。
つまり、常に正しい動きでボールを打とうとする努力によって、飛んで来たボールを打つ際の動きが正しくなくなるわけです。
このように、やるべきことに取り組みながらちゃんと打とうとすれば、ボールへの集中力が途切れる上に、状況に合わない打ち方をしようとするので動きが窮屈になるだけです。
反省するからミスが繰り返される
さらに、マジメなプレイヤーはミスを気にして反省します。
誰でも同じミスを何度も繰り返すのはイヤなので、次はミスしないようにと考えるわけです。
そしてこの、人として望ましい対応が次のミスの原因になります。
なぜなら、前回のミスと全く同じ状況は二度と訪れないので、「次はミスしないようにちゃんと打とう」と考えた動きが、次の状況にピッタリ合う可能性はとても低いからです。
つまり、反省すると、次に飛んで来るボールの状態に合わない動きを意識的にやることになるので、変なショットになる可能性が高くなります。
反省して工夫することがミスの繰り返しにつながるわけです。
脱出方法
テニスワンのラケットドックに参加されるのは「ラケットの不安や弊害を取り除いてもっとうまくなりたい」と考える方々なので、実はこの「マジメに努力することでヘタになる」という落とし穴にハマっているケースが少なくありません。
ここでわざわざ言う必要までもありませんが、マジメな性格の方はテニスに向いていないということではありません。
さらに、熱意があってマジメに努力するプレイヤーが、努力しないプレイヤーより上達が遅くなるのは無念以外の何物でもありません。
ただ、ここまで書いてきたように、テニスというスポーツには、ちょっとした誤解でそういう落とし穴にハマりやすい基本的な傾向があるのです。
打ち方の工夫をやめる
そこで提案ですが、ある程度打てるようになったら打ち方の工夫をやめてください。
どうしても打ち方を改善したいという方は、先述の「限定環境でイヤになるまで繰り返す」に取り組んでください。
そしてここで最も大事なのは「通常のプレーでは取り組んだ課題をスッパリ忘れて無心になる」ことです。
運動を身体で覚えるときと、その運動を使って実際にプレーするときを完全に分けることがキーポイントです。
課題を抱え込んだままでは身体は反射的に動きません。
テニスは動き回るボールに対応するスポーツなので、プレー中に注意を向けるべき対象は自分の身体の動かし方ではなくボールです。
ですから、打ち方を気にしている限り、ちゃんとプレーできる状態ではないと言えます。
参照⇒打ち方は自分で決められない!
イメージ設定と結果の把握
でも、打ち方の課題を捨てるだけでは何を目指せば良いのかわからないと感じる方が居るかもしれません。
そういう方にオススメするのは、打球のイメージを持つことと、ショットの結果をきちんと把握することです。
テニスはボールを動かすスポーツなので、ボールの動かし方に注意を向けて、さらに、実際にどう動いたかを正確に把握することが大切です。
ここで是非ご理解いただきたいのは、人の脳の運動を司る部分には、これから打ち出す打球の軌道をイメージすれば、そのイメージを実現するための運動を自動的に組み立ててくれる機能が備わっているということです。
もちろんこれは、数え切れないくらいボールを打った方限定の機能ですが、自分が考えて決めなくても、身体が勝手にやってくれるわけです。
そして、人が意識的に動かせる筋肉の数は限られるので、手の動きを気にすると足が動かなかったりしますが、この脳の機能では全身のたくさんの筋肉を手際よく動かしてくれます。
さらに、実際のショットの結果が最初のイメージとズレた場合、そのズレを正確に把握すると、ズレの程度に応じた修正が加えられます。(フィードバック機能)
ですから、これから打ち出す打球の軌道をイメージして、その結果を正確に把握していれば、ショットの精度は上がっていきます。
素晴らしいショットはわけがわからない状態で打たれる
高度に集中した状態では身体が勝手に動いてくれます。
なので、素晴らしいショットは「わけがわからない状態」で打ち出されるのです。
ですから、本人はどうやって打ったかわからない上に、その時その時の集中次第で素晴らしいショットが打てなくなったりするので、確実に技術を身に付けたという自覚は持ちにくいわけです。
一生懸命練習する人は、練習によってきちんとした技術を身に付けたと自覚したいはずですが、テニスというスポーツはこんな仕組みなので、上達を自覚するのは難しいかもしれません。
どんなに努力しても、その成果は「身体で覚えた運動」というブラックボックスのようなものに入ってしまうので、その在庫内容は把握できません。
ただ、高度に集中しているときだけ、そこから素晴らしい運動が出て来るので、そのときに初めて身体で覚えていたとわかるだけです。
でも、「そういう運動が自分にはできるようになったんだ」と思っていると、集中が足りないときはメチャメチャになります。
身に付けたと思った技術が、そのときの集中次第で崩れ去ってしまうので、自分の上達を自覚しにくいわけです。
日常生活とは全く違う取り組み
ですから、マジメな人は、その日常生活とは全く違う取り組みが必要です。
努力を積み重ねて正しい打ち方を身につけるという発想は捨てたほうが良いかもしれません。
良いショットが打てたら、その運動はそのとき限定で良かったと考えるべきで、でも、そのときの動きをコピーしてまたやろうというのは危険です。同じ動きではなく、同じショットをイメージすべきなのです。
良いショットの打球イメージを持って、その結果を把握した上で、それについて反省も工夫もしないというのは、冷静に考えれば人としてどうかと思うのですが、それに意識的に取り組まないとうまくいかないでしょう。
反省しない訓練
反省と工夫をしないというのはマジメなプレイヤーにとってはとても難しいことなので、意識的な訓練が必要です。
マジメなプレイヤーに私がいつも言うのは、こんなアドバイスにもならないようなアドバイスです。
「もっと適当に!」
「もっといい加減に!」
「もっと大胆に元気良く!」
きちんと打とうとするとすると自分の身体の動きに注意が向いてしまうので、それを防ぐには適当に打とうとすれば良いわけです。
プレー中の身体の動きを自分の意識的な管理から解放してあげることが必要です。
さらに、課題に取り組んでいるプレイヤーはしかめっ面をしながら打っていることが多いので、「もっと楽しそうに!」
自分の身体を意識的に動かしてボールを打とうと思っていると、動きが遅くなってギクシャクする上に、結果が思いどおりにならないのでイライラします。
でも、思いどおりに打とうと思わなければ、イライラすることもなくなリます。
思いどおりにではなく、身体が勝手に動く状態がベストなのです。
そして、「楽しくなければテニスじゃない!」とお考えください。